クリスマス・ノート

up date...2018.01.02



その日は、その年一番の雪が降った。気温は急速に低下し真冬の寒さへと変わっていた。
吐く息の白さが冬を告げる。
僕は寒空の下ひとり、途方に暮れていた。見知らぬ街で、知り合いも知ってる店もなく、あてどなく彷徨っていた。
煌々と暗闇を照らすショーウィンドウ群。あたたかい訳ではないのに不思議と芯まで温かくなるような。
そう、たしかあれは、丁度クリスマスイヴの夜だったと思う。
クリスマスプレゼントらしき大きな箱を抱えた子供達が光りが漏れる建物から嬉々としながら両親とともにきらめく夜に消えてゆく。

幼き頃から教会で育てられたのでオモチャだのなんだのとは無縁で過ごしてきた。
かといってオモチャに詳しくないわけではない。年頃の僕らの話には嫌という程入って来る。
その年いちばん人気のオモチャは喋り、歌うことができる人形だった。
金色のあたたかい光の漏れる扉の隙間から歌声が漏れる。キィと子供の力では重い木製の扉を押し、電子音の混じる優しい歌声に導かれるようにその暖かい空間へ歩を進める。きらびやかなドレスを纏い、微笑みをたゆたえ、”彼女”は”言う”。
「わたしはドロシィ。あなたのお名前は?」

"プリンセス・ドロシィ"
それが恐らく「彼女になる前の彼女」との出会い。

「僕の名前は、…」
言いかけたところ、がっしりとした手が少年の肩をつかむ。
「あれがほしいのかい?」
神父様だ。僕が最も尊敬しているヒトで、この街にも神父様と来たのだが途中ではぐれてしまって途方にくれていたのだ。
「いいえ。人形遊びなんか興味などありません。男ですし。それより、勝手にはぐれてしまいすみません。」
「ふふ、なあに君が謝ることはない。この人の数だ。君を手放してしまった私にも責はあるさ。今度は手を繋いで帰ろう。私たちの家へ」
暖かい大きなシワシワの手が少年の手を包み込む。年輪の刻まれたその手をしっかりと握り返す。
「僕たちの家」
少年にはたまらなく嬉しかった。これがクリスマスプレゼントでもいいなと思うほどに。
自分には高価で手の入らないこの人形が神父様と再び引き合わせてくれたのだとしたら、礼くらい言っていいかもしれない。

「それに君はもう少し年相応にしたっていいんだ。君の生い立ちがどうあれ、今宵は”奇跡の前夜”だ。」
「奇跡、ですか。」
「ああ奇跡だとも。」

その晩は教会の暖かいベッドで寝た。奇跡がなんだかよくわからなかったけれど奇跡を夢見た。
翌朝僕の枕元には木彫りの人形が置いてあった。
僕だけじゃなく、教会の子供達の枕元に平等に。
でも僕は知っているんだ。ここのところ神父様が夜遅くまで机に向かっていたことを。
奇跡を知っているのは僕だけでいい。

***

奇跡というのは、人間の力や自然法則を超えた出来事のことを言うそうだが、
まさかあんな形で出会うとは思わなかった。

「わたしはドロシィ。一緒に歌いましょう!」
決まりきった定型文しか話さないこの人形が、どうしてその当時爆発的人気を博していたのか、今では全くわからない。
この"狂ったように喋くりまくり人を歌い殺す”人形が。

「もっとお話ししましょう?」
肥大化した髪の毛が男の腕を拘束する。
尚、今この目の前にいるのはその当時と同じ人形ではなく、持ち主に捨てられ念が宿った魔物だ。

「貴様と話すことなどない!」
魔物の彼女には人形の時と明確に違う点があった。それは両腕が無いこと。
人形とは脆いもので、子供の腕力でもひっぱれば抜ける程度のものであったし、
分別のつかない子供であれば魅力を失った人形を捨てるのも、いとも簡単である。
壊してしまい元に戻せない自責の念から大泣きこそすれ、愛着など微塵もなく次の人形に移ることなんて容易い。
きっと彼女の持ち主もそういう子供だったのだろう。
-とはいえ、あれから数十年は経っているし、公害処理くらいは済ませてほしいものだ。

ああ神様神父様。(今では私が神父ですが)
礼くらいいってもいいなんて思った私が愚かでした。
こんな奇跡があってたまるものですか。







奇跡と呼べばそこにあるのも奇跡

トレニアさん(@やまこさん宅)お借りしました。